小秀山避難小屋「秀峰舎」

心に残る2010年7月3日
加子母スカイウォーカーズ代表 田口達也

2005年2月10日の市町村合併後、直ぐに立案された今回の避難小屋設立は、とてもたくさんの方々の理解と努力に依って計画が進めれ、また施工は歩いてしか行けない過酷な立地条件の山頂ということもあり、非常に困難な工事でした。
2007年9月24日に林野庁、市役所の方達と現地を歩き、その後候補地が長野県との県境にあるため精密測量を行い、その後の予算獲得ではこの不景気な時代に生活に密着しない事に理解を得るためには並大抵でない事は容易に想像できます。市の担当者は忍耐努力で説得を続け、環境省の山岳環境整備の補助金を獲得して成立しました。
予算がついて一段落でしたが、山岳建築の施工は非常に難しく、バイオトイレも未知の分野であり、引き受け手がなくて展開が停止しました。昨年度の春から工事開始の予定が大幅に遅れ、入札が済んだのは8月、すぐに冬が近づき12月1日に予定地に現場宿舎と仮設トイレが大型ヘリコプターで搬入されましたが、その後は今年5月の連休明けまで雪に埋もれていました。

連休明けに始まった工事

完成後に現場に携わった方達と懇談をした時に初めて知りましたが、基礎工事の方は山登りはもちろん初めて、我々が2時間で登るところを5時間以上掛かり現場到着、仕事はすべて人力で、石に突き当たると根気に石を割り、聞いているだけで気の遠くなりそうな話でした。また他の人からは山頂は当然ながら水場もなく、宿舎の飲料水が底をついて屋根の水を集め、あるいはブルーシートに水を貯めて飲んでみたが金属臭と油臭さでとても飲めるものではなく、上司から近くに水場があると聞き、登山道の水たまりの水をこれが水場と思ってすくってしのいだ話など、今では笑い話ですがとても感動的なことばかりでした。
またヘリコプター作業は神経をすり減らす危険な作業で、中日本航空の担当者は一人の怪我もなく終了出来たことをとても喜んでいました。この方は現地模型を手作りしてパイロットと緻密な模擬演習を行い、事故に備えていました。

5月22日は中学校登山

の日山頂では基礎工事を終えて、床板張りと二回目のヘリコプターを使った資材搬入で、中学生の到着予定が11時と知っていてヘリコプターの作業を学校登山に合わせてあり、子供達も間近で見るヘリに大喜び。そして夕方7時までかかり建前を済まして建物をシートで覆い、ヘッドランプで下山したとのことでした。

6月24日おおむねの工事が終了

宿舎と仮設トイレの搬出がありました。この日だけが幸運な梅雨の晴れ間の快晴のフライト日和で、もし雨だったらヘリは当分は来てもらえず、開所式もどうなった事やら見当がつきません。ソーラーパネルなどの工事もすぐに終わり、29日に会で開所式の記念品作りをしていたら午後11時過ぎに現場責任者のI氏が現れて、今ようやくすべての作業を終えて下山しましたとのことで、雨で大変だったとも言わず、頭の下がることばかりでした。

7月3日の秀峰舎開所式

開所式は雨の中を王滝村、東濃及び木曽森林管理署、中津川市当局と施工の中島工務店、私達加子母スカイウォーカーズ、他にも大勢の方達が集まり「加子母道の駅」のトマトジュースで乾杯して小屋の完成を祝いました。室内は50名ほどの人達で満員電車の様相、あまりの人の多さに肝心のバイオトイレを見ることが出来ませんでしたが、使用した女性に使い心地を尋ねたら「非常に良かった。山で安心して用が足せるなんて想像も出来なかった。本当にありがたい。」との返事でした。
開所式は進行の仕方が良かった事もあり、一般登山者までが自己紹介をして、皆がひとつになって熱気に包まれ、久しぶりに元気がでました。おそらく参加された皆さんが同様に感じられたでしょう。

登山はスポーツですが競技ではありません。

動植物、地質、気象などの自然科学や写真など知的好奇心を持って山を歩くととても楽しく健康にも最適です。避難小屋が出来たことで山を訪れる人が増え、また登山者の安心の拠り所として末永く利用されることを願います。
そして秀峰舎設立に関わった全ての人達の熱意が、事を成し遂げたと実感しています。本当に有り難うございました。

 

(加子母通信8月号記事より)

加子母スカイウォーカーズ