2010年12月25日 総集編13

「多縁」社会
農作業後、酒場で議論

白川沿いの国道から東へ1㌖ほど坂を上った牧戸地区。戦後、この地区を開拓して、今でも畑で作業をする伊藤邦夫さん(98)は、初冬になると楽しみがひとつ増える。
名古屋にある知的障害者の小規模作業所、和工房Tan・Keiで働く人たちが、伊藤さんが無農薬で育てた朱色の飛騨カブを収穫しにくるからだ。今年も12月5日に第1陣が訪れた。
作業所では4年前から、伊藤さんが無料で提供する赤カブで漬物を作る。袋の裏に伊藤さんの写真を貼って、250㌘350円で売り出す。例年完売になる。
伊藤さんは加子母で生まれ、旧制中学卒業後、軍人になり旧満州(現中国東北部)に渡った。9年後に帰国し山口県内で終戦を迎え、妻と子ども2人を連れて加子母に戻った。次男のため、住む土地もなく、牧戸地区の山林に入植した。
苦難を乗り越え、棚田を造成し酪農に取り組んだ。請われて、職員の使い込みで行き詰まった東濃酪農農業協同組合連合会の会長について再建、岐阜県酪農連の会長、全国酪農連の副会長などを務め、81歳で引退し、農業を再開した。
イノシシやタヌキの侵入を防ぐ柵を設けて収穫した楕円のカボチャは、今秋の敬老の日、道の駅かしものフェアで人気を集めた。
24年前、妻に先立たれた。でも孤立しない。7人の4世帯同居家族の一員として暮らし、近所の人たちと親しく付き合う。畑仕事を通じて生まれる外の人たちとの交流もあるからだ。
元気の秘訣は、毎日飲む牛乳と、入浴中のマッサージ体操。本人はそう言うけれど、家族や地域、仕事が作り出す、人との豊かなつながりにこそ、元気の源が潜んでいるように思えた。
加子母の北側に位置する小郷(おご)地区には、特に元気な中高年が多い。トマト農家や肉牛肥育農家が散在する146戸の地区を自転車で回っていて、妙だなと思ったのは、田園地たちに酒場が3軒もあることだ。
がやの木、こざと、スナック光子。いずれも30人前後は収容できる規模で、会合の場にもよく使われる。農作業後、酒を飲み議論を交わす人が多い。創業97年のがやの木は、肉牛生産組合が飼料の脱中国ワラ宣言を決めたり、小郷地区の役員がなめくじ祭を旗揚げしたりした舞台になった。
昔から酒場民主主義のような伝統があり、酒場が生み出す縁も人々のつながりや、まとまりを強めている。トマト農家では、誰かが病気をすると、他の農家が代わって収穫などを手伝う助け合いがごく普通に行われる。酒場ではそんなことも話し合われる。
8月15日午後の法禅寺。80人ほどの住民が集まり、鉦(かね)をたたき、昔から伝わる独特の念仏を唱えて先祖と戦没者の供養をしていた。加子母の全10地区の念仏講の総会も兼ね、念仏の後は酒を酌み交わした。
伝統的、宗教的なつながりも含めた多種多様な縁を、人によっては息苦しく感じることもあるに違いない。だが、加子母という山村からわき出る元気の一因は無縁社会と対極にある、この多縁社会にあると強く感じた。

 

特別編集委員 足立 則夫(62)