2010年11月6日 連載6

「かしも通信」の三銃士
「地元のため」芸術家動く

8月25日の午前9時。中津川市役所加子母総合事務所の2階会議室で4人の女性が作業をしていた。刷り上がったばかりのA3判の紙2枚を半分に折り、計8ページの月刊紙「かしも通信9月号」を仕上げるボランティアスタッフだ。
この日午後、10地区の責任者が集まる区長会が開かれる。区長に持ち帰ってもらい、全戸に配布するのである。
紙面はモノクロ。躍動感がある。表紙は太い線画の猫のイラスト。最初の見開きが、9月5日に開く明治座歌舞伎の出し物にちなんだ神戸市の須磨寺・源平の庭訪問記。次の見開きが住民のミニコミ情報で、おばあちゃんの思い出話やペットの紹介。さらに開くと、保育園、小、中学校の活動報告。最終の総合事務所のページには、手配写真風の私の紹介記事も載っていた。
かしも通信の誕生は、5年前。加子母村が中津川市と合併した折りに、芸術家たちがつぶやいた。「加子母らしさが消えていくのはさびしいね」「消える村報にかわって、何か出せないものかしら」
声を聞きつけた中津川市加子母総合事務所勤務の内木哲朗さん(52)=現在、中津川市農林計画課課長補佐=がささやきかけた。「紙と印刷機を提供するので、ぜひやってください」
発行人は作曲家の原優美さん(59)。編集長で紙面のデザイン担当が造形美術家の秦雅文さん(46)、副編集長で表紙のイラストを担当が画家、本間希代子さん(37)。
どこまでやれるか分からないけど、やってみよう。3人のボランティア通信隊は走り出し、5月に創刊号を発行。途中で8人が加わり、毎月欠かさず発行を重ねてきた。 
原さんは1999年、愛知県一宮市から加子母西側の高台にあるアトリエ村(山村芸術工房)に越してきた。芸術家の移住を進める県の事業に応募したのだ。加子母らしさを残すため「かしものうた」を作曲。朝夕の地区の放送でも毎日、流れる。地元の女性合唱団「夢」の指導もする。
秦さんは98年に岐阜県瑞浪市からアトリエ村に移住。木造の劇場、明治座のリーフレットを制作したり、地歌舞伎の主役を演じたり。4月から地元の道の駅に勤務し、道の駅のブログを制作している。
名古屋出身の本間さんは97年、県の事業である村の交流大使として滞在、そのまま空き家に住み着いた。道の駅の開発商品であるトマトジュースなどのラベルにほのぼのとしたイラストを描いている。
移住してきた芸術家たちは自分の作品だけでなく、地域への貢献に熱心だ。
アトリエ村の陶芸家、長尾明理さん(42)と2002年に結婚した中国人のデザイナー、周思昊さん(39)も隣の東白川村道の駅の総合デザインを担当する。「ここは自然と人と文化のバランスが保たれているためか、気分が解放される」
ここが好きだから、地元のために何かしないではいられない、ということのようだ。

 

特別編集委員 足立 則夫(62)