2010年11月13日 連載7

なっちゃんの決断
飛騨牛農家、守り・育てる

私に畜産農家が継げるだろうかーーなっちゃんは、ずっと迷っていた。茨城県内の農業専門学校を卒業。加子母村(現中津川市加子母)の自宅に戻り、そのまますんなり肉牛の肥育や繁殖の仕事をするはずだったのに……。
いざ、その段になったら、いやいや、牛に麦わらを食べさせている自分の姿に気づいたのだった。このままでは、うまくない。ふと、浮かんだのは、専門学校時代、2週間ばかり研修に行ったタイのタマサート大学での楽しい農業体験だった。両親に話して、しばらくタイで農業の研修をさせてもらうことにした。
世話になった教官は、彼女の気持ちを知ってか知らずか、「私は何も指示しない。自分ですべて考えて行動してください」と突き放してくれた。ざっと8カ月。タイの農村で過ごしながら、自分の心に問いかけた。この先、どんな暮らしがしたいのか?
純白の雲が浮かぶ空を、見たいときに見上げる。好きなときにトイレに行く。のんびり家族と一緒に食事をする。田舎の美しい環境を地域の人と守るーー。
タイでそんな決断をしたなっちゃんこと、丹羽奈津子さん(29)は、保育園時代に親の兄弟の養女になり、小郷地区の畜産農家の後継ぎとして育った。
タイでの決断の後、2010年3月には、神奈川県厚木市出身で大学で農業を学んだ光太郎さん(29)と結婚。来春に第1子を出産予定。夫婦で肉牛の肥育や繁殖の仕事を養父母から学んでいる最中だ。
加子母は岐阜県内で育つ肉牛、飛騨牛の有力産地。肉牛農家には、なっちゃんのような2代目が次々現れている。
加子母肉牛生産組合の組合長、丹羽郷樹さん(47)によれば、肉牛農家は、生後10カ月の黒毛和牛を購入して、18カ月ほど育て出荷する。30戸の09年度の販売実績は合わせて13億7千万円だから、1戸当たり平均4500万円。
ここから牛の購入代金、飼料代、牛舎のコストなどを差し引いた農家の収入は、口蹄疫問題などでめまぐるしく変わる肉牛の相場に左右される。1000万円を超える年収を得ることもあれば、赤字になることも。それでも乳牛やトマトより有利と見られているため、後継者が出現するのであろう。
加子母の肉牛農家は、まとまりが良く研究熱心だ。岐阜県から「飛騨美濃特産名人」の認定証を授与されている和牛名人で、丹羽組合長の父親、忠重さん(76)は、45年の組合の歴史を振り返る。
特に印象に残っているのは「脱中国産わら宣言」。10年ほど前、感染症予防のため、飼料に使っていた安価な中国産わらの使用を加子母では中止した。小郷地区の居酒屋に肉牛農家の面々が集まり、熱い議論をたたかわした上で、割高な国産わらに、全戸一斉に切り替えたのである。
こうした伝統をどう受け継ぎ発展させるか。なっちゃんたち2代目の課題でもある。

 

特別編集委員 足立 則夫(62)