2010年11月20日 連載8

次男坊のUターン
顔の見える農業で新風

NTTを辞めて、地元で有機農業を始める。小郷地区大杉地蔵尊協の農家の次男坊、丹羽進さん(41)の決意に、親たちは猛反対した。1999年のことだ。

なぜ、彼は会社勤めの生活に見切りをつけたのか。岐阜高専を卒業してNTT岐阜支店に勤務。4年後、青年海外協力隊(JOCV)の一員としてインドネシアに渡り、電話線を引く工事のインストラクターとして5年間働く。やはりJOCVの一員として現地に来ていた元看護師の泰子さん(52)と95年に結婚。

経験を買われてNTT東京本社の国際本部に復帰し、NTTインターナショナルに移動したところで退職したのだ。「外国を見たい。途上国の人の役に立ちたい。そんな夢は実現できたけれど、充実感は得られなかった。」

いつしか、自然のリズムに合った仕事をしたい、という気持ちがふくらむ。親の反対を押し切って、加子母村(現中津川市加子母)に戻り、農薬や化学肥料を使わずに

コメや野菜を作る有機農業を始めたのだった。

農業は、そう甘くない。試行錯誤の連続で、2004年のようやく、農林水産省が定める有機栽培農産物の認証、有機JASを加子母で初めて取得した。

営業担当の泰子さんがネットで宣伝する丹羽さんの野菜ボックス(送料込み3千円)が、大都市の母親たちの関心を集めるようになり、最近では月に70箱ほどの注文が届く。季節ごとに収穫される野菜を家族構成に合わせて箱詰めする。中に添える泰子さんの「野菜の説明と私信」や、農業や家族の様子を綴るブログ「天までとどけ」も消費者とのきずなづくりに一役買っている。

中学2年を筆頭に3人の子どもを抱えた暮らしは楽ではない。「2年前、100円ショップで税込み105円の商品を買おうとしたら、家中の現金が103円しかなく買えなかったことも」と貧乏自慢をする夫妻は、なぜか底抜けに明るい。選んだ道に満足しているからなのだろうか。

農業の有限会社、ファンファーミング社長、田口心平さん(45)の97年にUターンした。

中桑原地区。工務店勤務の家庭の次男として生まれた。八ヶ岳中央農業実践大学校を卒業後、サカタのタネに11年勤務。農場から本社勤務に転じたころから、無性に自分の手で野菜を育てたくなった。

地元の中島工務店の中島紀社長(66)と意気投合し、同社のグループ会社として農業の会社を興したのだった。

「自分で作り自分で売る」がモットー。農園でブルーベリーやトウモロコシ、加子母原産のサトイモである西方イモ、各種の花などを生産し、国道沿いのかしも産直市、かしも花市場で販売。社員5人、パート20人で、09年度の売上高は2億2千万円だった。

 

特別編集委員 足立 則夫(62)